事業単位ROICの求め方
何かとよく耳にするROIC(投下資本利益率)。ネットや本で調べると計算式や様々な情報があるのでなんとなくわかった気がするものの、じゃあ自分の事業部のROICを出すにはどうすれば・・・という疑問に答えられる実践的なまとめ記事がなかったのでまとめてみました。ROICの計算式から、議論となる投下資本の求め方について分解したり、算出されたROICの扱い方について等まとめています。
まずはそもそものROICとはReturn On Invested Capitalの略で、数式は以下の通りです。
ROIC=税引後営業利益÷投下資本×100 (%)
この数式で算出され%で表現されます。稼いだ利益に対して企業がどれくらい投下した資本で稼いだかが示すことができるので、効率性を判断することができる指標になります。
上記の例で考えるとA社もB社も税引後営業利益の金額は同じですが、投下資本がA社の方が半分です。つまりB社より少ない投下資本で利益を稼ぐことができたわけで、それを見える化した指標としてROICが有効になる形です。 さてここで重要なのは正しい投下資本を算出することです。以下のような事例で考えてみましょう。
上記の例のようにC社の投下資本が300だとします。C社のROICが7%なのは正しいですが、だからといってA事業とB事業にもC社と同じ投下資本を使うならば、結局ROICの分子である税引後営業利益で決まるP/L重視の指標になってしまいます。よって、以下のようにC社の300の投下資本をA事業とB事業に正しく割り振る必要が出てきます
これによって、A事業とB事業を正しく評価することができ、A事業がより効率的に投下資本を活用していることがわかりました!
しかしどうやって投下資本を事業部ごとに分割するの?という課題が実務担当者として悩むことになると思います。というのも、事業部ごとのP/Lは把握していてもB/Sまで分解されていない場合や、システム上分かれていたとしても「投下資本」部分をうまく取り出すことができないことが多いからです。では投下資本とは何でしょうか?よく定義されているのが以下の数式です。
投下資本=有利子負債+株主資本
これは資金調達をする側から目線です。事業部目線では、担当事業の有利子負債までは分かったとしても、株主資本を分割する ことは困難でしょう。株主資本には、資本金・資本準備金・利益準備金・利益剰余金等が含まれます。ルールを作り、社内で株主資本を分割しても良いですがそれはルール次第であり、社内での分割や配賦は誰かが儲かれば誰かが損する仕組みなので納得しやすいルールは設定しにくいものです。
そこで、もう1つの投下資本の定義があります。
投下資本=固定資産+正味運転資本
これは、事業部を運用する立場からの目線です。調達した資本(有利子負債+株主資本)が全て事業運営に活用されていると仮定すると、資本は全て事業運営に必要な固定資産と運転資金に使われたと言えるために有利子負債+株主資本→固定資産+正味運転資本と置き換えられるわけです。この条件下では事業で所有している固定資産と正味運転資本を算出すれば投下資本が求められるので事業部にて把握可能となります。
正味運転資本の定義も会社ごとで活用しやすい方法があるかと思いますが、一般的には正味運転資本=流動資産-流動負債で表現できます。またB/Sの情報はあくまでもその時点です。単年度の特殊要因で数字を左右されないように年度末平均値から当年度の正味運転資金出すなどの調整は忘れないようにしてください。
この投下資本にも弱点はあります。事業に還元しない余剰預金や政策的に保有しているだけの株式といった非事業性資産にお金が流れていれば、調達サイド投下資本≒運用サイド投下資本の関係性は崩れます。運用サイドROICでは余剰預金のような非事業性資産の影響を受けないので良い数字が出てくるものの、調達サイドROICは関係ない資産のためにお金 を借りていることになるので効率性を悪化させ、ROICが低くなることになります。
企業の内部留保(金融・保険業を除く)が2020年度末で9年連続過去最高を更新した、というニュースもありましたが、運用サイドROICと調達サイドROICのギャップが大きい会社が増えているのかもしれませんね。
投下資本まとめ
調達サイド:有利子負債+株主資本
運用サイド:固定資産+正味運転資本
さて、こうして求めたROICの扱い方にもいくつかの注意が必要です。
まず、WACC・要求収益率・ハードルレートのようなものと比較する際に、正しい比較先を選択することです。業種ごとに平均ROICが違うために、大きな会社で複数の業種を抱えていたら誤った判断をしかねません。
WACCやハードルレート等については以下の記事にまとめてあるので良ければ参考にしてください。
例えば身近なJRをイメージしてみてください。JR各社は鉄道業がメイン事業ですが、そこから派生して旅行業等様々な事業を展開しています。平均ROICは鉄道業4%、旅行業9%ほどらしいのですが…では、JRはROICの高さを追求し、鉄道業をやめて旅行業に特化すべきでしょうか?実際はそんなことはなく、自社のメイン事業として鉄道業も育てつつ、他の事業展開するのが好ましいのは言うまでもありません。鉄道業のROICは4%と比較し、旅行業は9%と比較し、それぞれの事業ごとでその目標に向けて注力していく選択が重要という点に注意してください。
JR各社のようなメイン事業が分かりやすい例ですが、大きな会社となると多角化しており、メイン事業が複数あることもあります。そうなったときに社内の事業ごとに横並びでROICを見られてしまうと、業界平均ROICが低い事業は少しつらいですね…。会社として今後どの事業に注力するかを見るには重要な指標ですが、社内の不要な摩擦や不安を出さないためにも、情報展開には注意が必要です。
ROICの大小変化は業界以外でも表れます。それは事業のライフサイクルです。事業は導入期→成長期→成熟期→衰退期の4つのライフスタイルがありますが、最初の導入期には、多くの資本を投入していても、まだ利益が出ていないことが多いです。そうなるとROICが低くなりますが、低い結果がゆえに成長を待たずに事業撤収をしてしまうのはもったいないので、ROICを過信しすぎてはいけません。
最後に社内と社外で望むROICの数字が違うことも知っておいた方が良いでしょう。自分たちは十分なROICが割り返されたと思っていても、市場はそれを評価しないことがままあります。それは機関投資家等の株主は企業に対し多くのリターンを要求しているからです。(株主の立場からすると企業にはもっと儲けて欲しいと願うのはもっともですが)
企業としてできることは社外との認識の不一致を解消すること、そしてちゃんと事業を運営することに尽きます。適切な情報開示をし、目指す指標 を最初に公表するコミットメントによって、利益額以外にも効率性を重視した経営をすることを発信できます。結果、社内と社外間のミスマッチを減らすことができるでしょう。
色々と記述しましたが事業や会社の企業価値を向上する上でROICは1つの有効な指標です。ぜひご検討、ご活用いただき、皆さんの会社や事業の価値向上のお役に立てれば幸いです。
また、作成したROICを分析するROICツリーの着眼点等についてまとめた記事もアップしましたので宜しければ合わせてご参照ください。